ノーベル賞受賞者が韓国のノーベル賞願望に辛辣な苦言を呈する 韓国のパリパリ文化は基礎科学では通用しない

1:蚯蚓φ ★:2019/09/30(月) 22:53:08.19 ID:CAP_USER

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▲「ノーベル化学賞受賞者」クルト・ヴュートリッヒ教授

「ノーベル賞の季節」が帰ってきました。今年もノーベル賞受賞者が順に発表されます。今回も間違いなく「私たちはなぜノーベル賞を受けられないのか?」こういう残念な言葉が続くと思うと残念に思います。私たちの科学界は今、どのあたり来ていて、さらに何を実らせ補完しなければならないのでしょうか?ノーベル賞を受賞した大学者は私たちにどんな助言をするでしょうか?

2002年「ノーベル化学賞受賞者」クルト・ヴュートリッヒ教授に聞いた。(長文につき一部抜粋)

●韓国科学界を永らく見守ってきました。今日「韓国の科学」をどのように評価されますか?

私が博士の学位を受けた1962年に帰ってみれば、当時、韓国には事実上「科学」はありませんでした。戦争が終わって10年にもならず、学問的な土台は「廃虚」の状態でした。それから10年過ぎて韓国科学技術院(カイスト)が立てられました。その時、私は設立についてアドバイスしたので当時の韓国科学の水準を非常によく知っています。その時、スイスはすでに10人のノーベル科学賞受賞者を輩出していました。それと比較すれば、韓国の科学研究は出発が非常に遅れていたわけです。それでも韓国の現実は「私たちはなぜノーベル賞を受けられないのか?」と焦燥感を表します。それもとても多くです。おそらく受賞できないのが当然ともいえます。前に言いましたが、ノーベル賞だけ眺めて焦るのは悲劇的なことです。急がず余裕を持てと強調したいです。

●残念ですが、冷静な指摘です。

もちろん、韓国科学は「応用科学」を中心に驚くべき発展を繰り返しました。初めは繊維のような労働集約産業が主でしたが、機械工学や電子工学、コンピュータ工学が発展し自動車と電子事業が量的にも質的にも驚くべき速度で成長しました。しかし、「基礎科学」は1980年代まで行なわれなかった状態でした。一部の科学者が研究しましたが、一般化する水準ではありませんでした。基礎研究を行う大学もなかったと見たら良いです。まず暮らしの問題を解決するために経済発展に集中し、基礎科学の代わりに応用科学に選択的に集中して発展させたと見ます。それは仕方ない選択でした。そうした点から見れば、基礎科学研究がまともに始まってからわずか20年ほどにしかなりません。20年という短い時間の中で基礎研究の基盤を用意することはできません。

●それでも、韓国人はノーベル科学賞受賞者を輩出するよう願っています。

とても焦っています。冷静に見れば、大学院生の英語レベルは期待以下で科学的伝統も不足しています。それでも韓国政府と国民は「ノーベル賞」という成果だけに執着する傾向があります。「ファン・ウソク博士事件」も本質はそこにあったと見ます。当時、私も韓国にいてとても衝撃的でした。優秀な科学者がノーベル賞受賞を望む政府と世論の圧力に勝てなかったと見ています。ノーベル賞に対するそのようなせっかちな性質は問題を悪化させます。余裕を持たなければなりません。科学者1人が幻想的な研究結果を出したからといって直ぐ次の年にノーベル賞を受ける様なことは、断言しますが絶対起きません。科学での進歩は最小数年、あるいは十年以上単位でなされます。韓国特有のいわゆる「パリパリ(速く、速く)」文化は社会を躍動的でおもしろくさせますが、それは基礎科学分野では通じません。粘り強い投資と支援の他に近道はありません。
(中略)
韓国の隣国の日本も、基礎分野で世界的水準と評価された理化学研究所(RIKEN)が1917年に立てられ2年前、100周年をむかえました。そちらも設立32年後の1947年に初めてノーベル賞受賞者(湯川秀樹、ノーベル物理学賞)が出ました。そうした点で見る時、韓国はもう少し忍耐心を持って着実に基礎科学に投資しなければなりません。

ハン・セヒョン記者

出処:SBSニュース(韓国語)[取材ファイル] "ノーベル賞執着は韓国科学界の悲劇"…'ノーベル化学賞'プィトゥヒリ教授インタビュー
https://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1005456980



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